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腕が…

ちくちくする(≧ヘ≦)

吉祥寺散策で
焼けたのかな

日焼け止め塗ったのに



あっ
Xperia(TM) acro IS11S
出ましたね~!

さっさと仕事探して
決めちゃって
来月中には
買い替えたいなぁ

旦那様は
買い替えるの
反対なのさ

まっ
現在支払いしてくれてるのは
向こうなので
我が儘は言えません。

家庭内自立が
必要なのです


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暑すぎる…。

息子がくっついて
くるので
二人して
暑い………。


我が家に二つある
アイスノンは
旦那と私様から
旦那と息子様となり
私さらに寝苦しく………


寝入りだけでも
クーラーに
頼ろうかな。と
思うのですが
我が家の子は
「あっ、おばぁちゃん家にあったやつだ」
と言われかねない
茶色の年代物。

操作パネルが
リモートしてなくて
つまみで温度調整するタイプ

昨年はじめて動かした時は
冷えるにしたがって
大量の水が
垂れてきたのです

掃除してもらったのに

今年も同じ目に
遭いそうで
この時間から動かす気分に
なれず………


明日動作確認します
動かなかったら
どうしましょ

節電に
一役かえたと
水分補給と
扇風機で
のりきるのもありかな…

息子よ
堪えられるか


吉祥寺上陸。

本日は
役者仲間のママ友と
旦那様の先輩役者様と
吉祥寺にお出かけ

はじめは
お家に
お邪魔するだけのはずが
冷房と
アイスコーヒーの豆と
子供の夏服を
求めて買い物へ

久しぶりの
買い物~
うれすぅぃ~

息子のTシャツ2枚と
来月誕生日の
娘さんへのプレゼントに
サロペットも
購入出来たし

帰りには
OIOIの前にある
フローズンアイス屋さんで
フローズンベリーを
食しました

なんか久しぶりに
お出かけしたかんじ

デートなかんじ


行きも帰りも
旦那様に車を出して頂き
暑い一日だったので
ホントに
助かりました

明日も暑いかなぁ
明日はどこに
逃げましょかぁ

あじさい。

気分転換に
先週の土曜日
王子を散策してきました

第一の目的は
『あじさい』

飛鳥山公園の
あじさいを
ぐるっと観賞

キレイ

色んな種類が
あるんだなぁ
あじさいって

今まで
がくあじさいが
すきだったけど
コレも素敵だ

花びらの端が
くるっと
なってる

カワユイ


そのあと
王子を散策

まずは
『音無川親水公園』
節水&節電で
水が流れてない

でも
夏涼みに
来たくなるような
公園です

「日本の都市公園100選」
に選ばれてるみたい


次に
『王子神社』
かつらや美容業界向けの
神社みたい。

毛塚なるものが
あってニンマリ

お宮参りの御一行も
いらしてました


そして
『王子稲荷』
隣接の幼稚園がおっきい

思ったより石が
軽ければ願いが叶う
という石を持ち上げる
一角があり、チャレンジ

想像したとおり
重かった

最後に
『名主の滝』

こちらも
節水&節電で
水が流れてなかった

でも
普段みられない
水のない滝に
満足


んで
帰ってから
王子稲荷に
向かう途中で
購入したくずもちで
お茶タイム




ふ~。
程よい甘味が
体に染み渡る

なにせ
同行者の万歩計が
11620歩を表示
息子抱っこして
よく歩いたなぁ

非現実的な夢想家として6

最初にも述べましたように
我々は
「無常(mujo)」
という移ろいゆく儚い世界に
生きています。
生まれた生命はただ移ろい
やがて例外なく滅びていきます。
大きな自然の力の前では
人は無力です。
そのような儚さの認識は
日本文化の基本的イデアの
ひとつになっています。
しかしそれと同時に
滅びたものに対する敬意と
そのような危機に満ちた脆い
世界にありながら
それでもなお
生き生きと生き続けることへ
の静かな決意
そういった前向きの精神性も
我々には具わっているはずです。
僕の作品が
カタルーニャの人々に評価され
このような立派な賞を
いただけたことを
誇りに思います。

我々は住んでいる場所も
遠く離れていますし
話す言葉も違います。
依って立つ文化も
異なっています。

しかしなおかつそれと同時に
我々は同じような問題を背負い
同じような悲しみと喜びを
抱えた世界市民同士でもあります。
だからこそ
日本人の作家が書いた物語が
何冊もカタルーニャ語に
翻訳され
人々の手に取られる
ことにもなるのです。

僕はそのように
同じひとつの物語を
皆さんと分かち合えることを
嬉しく思います。
夢を見ることは
小説家の仕事です。
しかし我々にとってより
大事な仕事は
人々とその夢を
分かち合うことです。
その分かち合いの感覚なしに
小説家であることはできません。
カタルーニャの人々が
これまでの歴史の中で
多くの苦難を乗り越え
ある時期には苛酷な目に
遭いながらも力強く生き続け

豊かな文化を護ってきたことを
僕は知っています。
我々のあいだには
分かち合えることが
きっと数多くあるはずです。

日本で、このカタルーニャで
あなた方や私たちが等しく
「非現実的な夢想家」
になることができたら
そのような国境や文化を
超えて開かれた
「精神のコミュニティー」
を形作ることができたら
どんなに素敵だろうと
思います。

それこそがこの近年
様々な深刻な災害や
悲惨きわまりないテロルを
通過してきた我々の
再生への出発点に
なるのではないかと
僕は考えます。

我々は夢を見ることを
恐れてはなりません。

そして我々の足取りを
「効率」や「便宜」
という名前を持つ
災厄の犬たちに
追いつかせてはなりません。

我々は力強い足取りで
前に進んでいく
「非現実的な夢想家」
でなくてはならないのです。

人はいつか死んで
消えていきます。

しかしhumanityは残ります。
それはいつまでも
受け継がれていくものです。

我々はまず
その力を信じるもので
なくてはなりません。

最後になりますが
今回の賞金は
地震の被害と
原子力発電所事故の
被害にあった人々に
義援金として
寄付させていただきたいと
思います。

そのような機会を
与えてくださった
カタルーニャの人々と
ジャナラリター・デ・カタルーニャのみなさんに
深く感謝します。

そして先日の
ロルカの地震の
犠牲になられたみなさんにも
深い哀悼の意を表したいと
思います。
(バルセロナ共同)


非現実的な夢想家として5

ロバート・オッペンハイマー博士は
第二次世界大戦中
原爆開発の中心に
なった人ですが
彼は原子爆弾が
広島と長崎に与えた
惨状を知り
大きなショックを受けました。
そして
トルーマン大統領に
向かってこう言ったそうです。
「大統領、私の両手は血にまみれています」

トルーマン大統領はきれいに
折り畳まれた白いハンカチを
ポケットから取り出し
言いました。

「これで拭きたまえ」

しかし言うまでもなく
それだけの血をぬぐえる
清潔なハンカチなど
この世界のどこを
探してもありません。

我々日本人は核に対する
「ノー」
を叫び続けるべきだった。
それが僕の意見です。
我々は技術力を結集し
持てる叡智を結集し
社会資本を注ぎ込み
原子力発電に代わる有効な
エネルギー開発を
国家レベルで追求すべき
だったのです。

たとえ世界中が
「原子力ほど効率の良いエネルギーはない。
それを使わない日本人は馬鹿だ」
とあざ笑ったとしても
我々は原爆体験によって
植え付けられた
核に対するアレルギーを
妥協することなく
持ち続けるべきだった。

核を使わないエネルギーの開発を
日本の戦後の歩みの
中心命題に据えるべき
だったのです。
それは
広島と長崎で亡くなった
多くの犠牲者に対する
我々の集合的責任の取り方と
なったはずです。
日本にはそのような骨太の
倫理と規範が
そして社会的メッセージが
必要だった。
それは我々日本人が世界に
真に貢献できる
大きな機会となったはずです。

しかし
急速な経済発展の途上で
「効率」
という安易な基準に流され
その大事な道筋を我々は
見失ってしまったのです。

前にも述べましたように
いかに悲惨で
深刻なものであれ
我々は
自然災害の被害を
乗り越えていくことができます。
またそれを克服することによって
人の精神がより強く
深いものになる場合もあります。
我々はなんとかそれを
なし遂げるでしょう。
壊れた道路や建物を
再建するのは
それを専門とする人々の仕事になります。
しかし
損なわれた倫理や規範の
再生を試みるとき
それは我々全員の仕事に
なります。
我々は死者を悼み
災害に苦しむ人々を思いやり
彼らが受けた痛みや
負った傷を無駄にするまいと
いう自然な気持ちから
その作業に取りかかります。
それは素朴で黙々とした
忍耐を必要とする
手仕事になるはずです。

晴れた春の朝
ひとつの村の人々が揃って
畑に出て
土地を耕し
種を蒔くようにみんなで力を合わせて
その作業を進めなくてはなりません。
一人ひとりがそれぞれに
できるかたちで
しかし心をひとつにして。

その大がかりな集合作業には
言葉を専門とする
我々=職業的作家たちが
進んで関われる部分があるはずです。
我々は新しい倫理や規範と
新しい言葉とを
連結させなくてはなりません。
そして
生き生きとした新しい物語を
そこに芽生えさせ
立ち上げてなくてはなりません。
それは
我々が共有できる物語で
あるはずです。
それは畑の種蒔き歌のように
人々を励ます律動を持つ
物語であるはずです。

我々はかつて
まさにそのようにして
戦争によって焦土と化した
日本を再建してきました。

その原点に
我々は再び立ち戻らなくてはならないでしょう。

非現実的な夢想家として4

戦後の日本の歩みには
2つの大きな根幹がありました。

ひとつは経済の復興であり
もうひとつは
戦争行為の放棄です。
どのようなことがあっても
二度と
武力を行使することはしない

経済的に豊かになること
そして平和を希求すること
その2つが
日本という国家の新しい
指針となりました。
広島にある
原爆死没者慰霊碑には
このような言葉が刻まれています。

「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」

素晴らしい言葉です。
我々は被害者であると同時に
加害者でもある。
そこには
そういう意味がこめられています。
核という圧倒的な力の前では
我々は誰しも被害者であり
また加害者でもあるのです。

その力の脅威に
さらされているという
点においては
我々はすべて被害者で
ありますし

その力を引き出したという
点においては
またその力の行使を
防げなかったという
点においては
我々は
すべて加害者でもあります。

そして原爆投下から
66年が経過した今
福島第一発電所は
3カ月にわたって
放射能をまき散らし
周辺の土壌や海や空気を
汚染し続けています。
それをいつどのようにして
止められるのか
まだ誰にもわかっていません。
これは
我々日本人が歴史上体験する
2度目の大きな核の
被害ですが
今回は
誰かに爆弾を
落とされたわけではありません。
我々日本人自身が
そのお膳立てをし
自らの手で過ちを犯し
我々自身の国土を損ない
我々自身の生活を
破壊しているのです。

何故そんなことになったのか?

戦後長いあいだ我々が
抱き続けてきた核に対する
拒否感は
いったいどこに
消えてしまったのでしょう?

我々が一貫して求めていた
平和で豊かな社会は
何によって損なわれ
歪められてしまったのでしょう?

理由は簡単です。

「効率」です。

原子炉は効率が良い
発電システムであると
電力会社は主張します。
つまり利益が上がる
システムであるわけです。

また日本政府は
とくにオイルショック以降
原油供給の安定性に疑問を持ち
原子力発電を国策として
推し進めるようになりました。
電力会社は膨大な金を
宣伝費としてばらまき
メディアを買収し
原子力発電は
どこまでも安全だという
幻想を国民に植え付けてきました。

そして気がついたときには
日本の発電量の約30%が
原子力発電によって
まかなわれるようになっていました。
国民がよく知らないうちに
地震の多い狭い島国の日本が
世界で3番目に原発の
多い国になっていたのです。

そうなるともう
あと戻りはできません。

既成事実がつくられてしまったわけです。
原子力発電に危惧を
抱く人々に対しては
「じゃああなたは電気が
足りなくてもいいんですね」
という脅しのような
質問が向けられます。
国民の間にも
「原発に頼るのも、
まあ仕方ないか」
という気分が広がります。

高温多湿の日本で
夏場にエアコンが
使えなくなるのは
ほとんど拷問に
等しいからです。
原発に疑問を呈する人々には
「非現実的な夢想家」
というレッテルが
貼られていきます。
そのようにして
我々はここにいます。
効率的であったはずの
原子炉は
今や地獄の蓋を
開けてしまったかのような
無惨な状態に陥っています。

それが現実です。

原子力発電を推進する
人々の主張した
「現実を見なさい」
という現実とは、
実は現実でもなんでもなく
ただの表面的な
「便宜」に過ぎなかった。
それを彼らは
「現実」という言葉に
置き換え
論理をすり替えていたのです。
それは日本が長年にわたって
誇ってきた
「技術力」神話の
崩壊であると同時に
そのような「すり替え」を
許してきた
我々日本人の倫理と規範の
敗北でもありました。

我々は電力会社を非難し
政府を非難します。

それは当然のことであり
必要なことです。

しかし同時に
我々は自らをも
告発しなくてはなりません。

我々は被害者であると同時に
加害者でもあるのです。

そのことを厳しく
見つめなおさなくては
なりません。

そうしないことには
またどこかで同じ失敗が
繰り返されるでしょう。

「安らかに眠って下さい。
過ちは繰り返しませんから」

我々はもう一度その言葉を
心に刻まなくてはなりません。

非現実的な夢想家として3

僕が語っているのは
具体的に言えば
福島の原子力発電所のことです。

みなさんも
おそらくご存じのように
福島で地震と津波の被害
にあった六基の原子炉のうち
少なくとも三基は
修復されないまま
いまだに周辺に
放射能を撒き散
らしています。

メルトダウンがあり
まわりの土壌は汚染され
おそらくはかなりの濃度の
放射能を含んだ排水が
近海に流されています。
風がそれを広範囲に運びます。
10万に及ぶ数の人々が
原子力発電所の周辺地域から
立ち退きを余儀なくされました。
畑や
牧場や
工場や
商店街や
港湾は
無人のまま放棄されています。
そこに住んでいた人々は
もう二度と
その地に戻れないかもしれません。
その被害は
日本ばかりではなく
まことに申し訳ないのですが
近隣諸国に及ぶことにもなりそうです。

なぜこのような悲惨な事態が
もたらされたのか
その原因はほぼ明らかです。

原子力発電所を建設した人々が
これほど大きな津波の到来を
想定していなかったためです。
何人かの専門家は
かつて同じ規模の大津波が
この地方を襲ったことを指摘し
安全基準の見直しを求めていたのですが電力会社は
それを真剣には取り上げなかった。

なぜなら
何百年かに一度あるかないか
という大津波のために
大金を投資するのは
営利企業の歓迎する
ところではなかったからです。
また
原子力発電所の安全対策を
厳しく管理するべき政府も
原子力政策を推し進めるために
その安全基準のレベルを
下げていた節が見受けられます。

我々はそのような事情を調査し
もし過ちがあったなら
明らかにしなくてはなりません。

その過ちのために
少なくとも十万を超える数の人々が
土地を捨て
生活を変えることを
余儀なくされたのです。

我々は腹を立てなくてはならない。
当然のことです。

日本人はなぜか
もともとあまり腹を立てない民族です。
我慢することには
長けているけれど
感情を爆発させるのは
それほど得意ではない。
そういうところはあるいは
バルセロナ市民とは
少し違っているかもしれません。

でも今回は
さすがの日本国民も真剣に
腹を立てることでしょう。

しかしそれと同時に我々は
そのような歪んだ構造の
存在をこれまで許してきた
あるいは黙認してきた
我々自身をも
糾弾しなくては
ならないでしょう。

今回の事態は
我々の倫理や規範に
深くかかわる問題で
あるからです。

ご存じのように
我々日本人は歴史上唯一
核爆弾を投下された経験を
持つ国民です。

1945年8月
広島と長崎という2つの都市に
米軍の爆撃機によって
原子爆弾が投下され
合わせて20万を超す
人命が失われました。
死者のほとんどが
非武装の一般市民でした。

しかしここでは
その是非を問うことはしません。
僕がここで言いたいのは
爆撃直後の20万の
死者だけではなく
生き残った人の多くが
その後
放射能被曝の症状に
苦しみながら
時間をかけて
亡くなっていったということです。
核爆弾がどれほど
破壊的なものであり
放射能がこの世界に
人間の身にどれほど深い傷跡を
残すものかを
我々はそれらの人々の
犠牲の上に学んだのです。

非現実的な夢想家として2

にもかかわらず、
東京都内だけで
1300万人の人々が
今も
「普通の」
日々の生活を送っています。

人々は相変わらず満員電車に
乗って通勤し、
高層ビルで働いています。

今回の地震のあと、
東京の人口が減ったという
話は耳にしていません。

なぜか?
あなたはそう尋ねるかもしれません。

どうしてそんな恐ろしい場所で
それほど多くの人が当たり前に
生活していられるのか?
恐怖で頭がおかしくなって
しまわないのか、と。

日本語には
無常(mujo)
という言葉があります。

いつまでも続く状態
=常なる状態はひとつとしてない、

ということです。
この世に生まれた
あらゆるものはやがて消滅し
すべてはとどまることなく
変移し続ける。

永遠の安定とか、
依って頼るべき不変不滅の
ものなどどこにもない。

これは仏教から来ている
世界観ですが、
この「無常」という考え方は
宗教とは少し違った脈絡で、
日本人の精神性に強く
焼き付けられ、
民族的メンタリティーとして、
古代からほとんど
変わることなく
引き継がれてきました。

「すべてはただ過ぎ去っていく」
という視点は、
いわばあきらめの世界観です。
人が自然の流れに逆らっても
所詮は無駄だ
という考え方です。

しかし
日本人はそのような
あきらめの中に、
むしろ積極的に美のあり方を
見出してきました。

自然についていえば、
我々は春になれば桜を、
夏には蛍を、
秋になれば紅葉を愛でます。

それも集団的に、習慣的に、
そうするのがほとんど
自明のことであるかのように、
熱心にそれらを観賞します。

桜の名所、
蛍の名所、
紅葉の名所は、
その季節になれば混み合い


ホテルの予約をとることも
むずかしくなります。

どうしてか?

桜も蛍も紅葉も、
ほんの僅かな時間のうちに、
その美しさを失ってしまうからです。

我々はそのいっときの
栄光を目撃するために、
遠くまで足を運びます。
そしてそれらがただ
美しいばかりでなく、
目の前で儚く散り、
小さな灯りを失い、
鮮やかな色を奪われていく
ことを確認し、
むしろほっとするのです。

美しさの盛りが通り過ぎ、
消え失せていくことに、
かえって安心を見出すのです。
そのような精神性に、
果たして自然災害が影響を
及ぼしているかどうか、
僕にはわかりません。
しかし我々が次々に
押し寄せる自然災害を
乗り越え、
ある意味では
「仕方ないもの」
として受け入れ、
被害を集団的に克服するかたちで、
生き続けてきたのは確かなところです。
あるいはその体験は、
我々の美意識にも影響を
及ぼしたかもしれません。

今回の大地震で、
ほぼすべての日本人は
激しいショックを
受けましたし、
普段から地震に馴れている
我々でさえ、
その被害の規模の大きさに、
今なおたじろいでいます。
無力感を抱き、
国家の将来に不安さえ感じています。

でも結局のところ、
我々は精神を再編成し、
復興に向けて立ち上がっていくでしょう。

それについて、
僕はあまり心配してはいません。

我々はそうやって
長い歴史を生き抜いてきた
民族なのです。

いつまでもショックに
へたりこんでいるわけには
いかない。

壊れた家屋は建て直せますし
崩れた道路は修復できます。

結局のところ、
我々はこの地球という惑星に、
勝手に間借りしているわけです。

どうかここに住んで下さいと
地球に頼まれたわけじゃない。
少し揺れたからといって、
文句を言うこともできません。
ときどき揺れるということが
地球の属性のひとつなのだから。
好むと好まざるとにかかわらず
そのような自然と
共存していくしかありません。

ここで僕が語りたいのは、
建物や道路とは違って、
簡単には修復できない
ものごとについてです。

それはたとえば倫理であり、
たとえば規範です。

それらはかたちを持つ物体
ではありません。
いったん損なわれてしまえば
簡単に元通りにはできません。
機械が用意され、
人手が集まり、
資材さえ揃えばすぐに
拵えられる、
というものではないからです。

非現実的な夢想家として1

またまた
田窪一世さんのblog
からの引用です。
数回連載形式で
引用するので、
早く続きが読みたい方は
直接アクセスしてみてください


村上春樹:カタルーニャ国際賞スピーチ全文
僕がこの前バルセロナを
訪れたのは2年前の春のことです。
サイン会を開いたとき、
驚くほどたくさんの読者が
集まってくれました。
長い列ができて、
1時間半かけてもサイン
しきれないくらいでした。

どうしてそんなに
時間がかかったかというと、
たくさんの女性の読者たちが
僕にキスを求めたからです。
それで手間取ってしまった。
僕はこれまで世界のいろんな
都市でサイン会を開きましたが、
女性読者にキスを求められたのは、
世界でこのバルセロナだけです。
それひとつをとっても、
バルセロナがどれほど素晴らしい
都市であるかがわかります。
この長い歴史と高い文化を
持つ美しい街に、もう一度
戻ってくることができて、
とても幸福に思います。

でも残念なことではありますが、
今日はキスの話ではなく、
もう少し深刻な話をしなくてはなりません。ご存じのように
去る3月11日午後2時46分に
日本の東北地方を巨大な
地震が襲いました。

地球の自転が僅かに速まり、
1日が100万分の1.8秒
短くなるほどの規模の地震でした。
地震そのものの被害も甚大でしたが、
その後襲ってきた津波は
すさまじい爪痕を残しました。
場所によっては津波は39mの
高さにまで達しました。
39mといえば、
普通のビルの10階まで
駆け上っても助からない
ことになります。
海岸近くにいた人々は逃げ切れず、
24000人近くが犠牲になり、
そのうちの9000人近くが
行方不明のままです。

堤防を乗り越えて襲ってきた
大波にさらわれ、
未だに遺体も見つかっていません。
おそらく多くの方々は冷たい
海の底に沈んでいるのでしょう。
そのことを思うと、
もし自分がその立場になって
いたらと想像すると、
胸が締めつけられます。
生き残った人々も、
その多くが家族や友人を失い、
家や財産を失い、
コミュニティーを失い、
生活の基盤を失いました。
根こそぎ消え失せた集落もあります。
生きる希望そのものを
むしり取られた人々も、
数多くおられたはずです。

日本人であるということは、
どうやら多くの自然災害と
ともに生きていくことを、
意味しているようです。

日本の国土の大部分は、
夏から秋にかけて、
台風の通り道になっています。
毎年必ず大きな被害が出て、
多くの人命が失われます。
各地で活発な火山活動があります。

そして
もちろん地震があります。
日本列島はアジア大陸の
東の隅に、4つの巨大な
プレートの上に乗っかるような
危なっかしいかっこうで位置しています。

我々は言うなれば、
地震の巣の上で生活を
営んでいるようなものです。

台風がやってくる日にちや
道筋はある程度わかりますが
地震については予測が
つきません。

ただひとつわかっているのは
これで終りではなく、
別の大地震が近い将来、
間違いなくやってくる
ということです。

おそらくこの20年か30年
のあいだに、
東京周辺の地域を、
マグニチュード8クラスの
大型地震が襲うだろうと、
多くの学者が予測しています。
それは10年後かもしれないし、
あるいは明日の午後かもしれません。

もし東京のような密集した
巨大都市を、
直下型の地震が襲ったら、
それがどれほどの被害をもたらすことになるのか、
正確なところは誰にもわかりません。

福島の原発。

一向に良くならない。
どころか
今更明らかになる
事実が多過ぎ…。

んで
今も事実を隠蔽してるんでしょ…。

国や東京電力は
何の権利があって
そんなことするのだろう。


本当の事を伝えてくれたら
どんだけ危険か
わかるのに。

今東日本で
報道を信じてる人
疎開しようか迷ってる人が
逃げる理由が
はっきりするのに。


気にし過ぎだ。
って人もいる。

自分だけなら
自分で決めたことだから
逃げなかったことにも
諦めがつく…
(↑つかないだろうけど)


じゃ、息子は
息子がこれから
出会っていく
大切な人達は

放射性物質は
遺伝子を傷つける
卵子や精子の元も
傷つける。

なんで私は
上京してしまったのか…

でも
上京しなかったら
今隣でスヤスヤ眠る
この命は存在しなかった…

こんなタイミングで
産んでごめんね…

もう二年遅かったら
また違ったかな…

でも、あなたがいなかったら
こんなに過敏に
なってなかっだろうから
傷ついた卵から
あなたが生まれたかも
しれない…

何がいいのか
悪いのか…

出来ることなら
遠くに逃げたい

100%安全な
場所なんて
どこにもないのは
わかってるけど

今そこにある
危険から
息子の未来を
守りたい…


いますぐは
無理だし
長い間は無理だけど
8月頭から
実家に帰ろうかな…

一ヶ月くらい


はぁ。
自分に幻滅
守りたいなら
さっさと
がっつり移住
してしまえばいいのに。



む~ん。
はぁ、また白髪が
増えてしまいます



吐き気がするくらいの。

芝居がしたい。

でも今は
環境的に無理だから
観たい。


生きてる人同士の
衝突がみたい。

はぁぁぁぁ。
なかなかないなぁ。


最近観た作品だと
キューピーマジックさんの
『道化師の森』

役者さんだと
G2プロデュースの
『人間風車』
の阿部さんや

『ゆれる』の
香川さんや
伊武さんだなぁ。


もっといっぱい
イロイロ観よ

息子のお昼寝タイムを
利用して


さてさて
次のモンスーンの公演は
私に吐き気を
もよおさせて
くれるのでしょうか

期待


やっちまったな。

あったかい日中は
オムツしないで
プラプラ部屋中を
徘徊する息子くん。

ちょっと
目を離した隙に
いきんでる


とっさに
おまる替わりの
ボールに移動させれば
よかったのに
焦っていたら
お尻と絨毯の
接点から黄色い物体が


嫌~


って抱き上げた瞬間
をムニュっと
ふんずける我が子


とりあえず
息子を洗って

オムツして

寄ってくるのを
足で防御しつつ
を取り除き

絨毯を丸洗い


雨ふらなくて
よかった

絨毯も綺麗になったし
さまさまだね


いい人。

同じタイミングで
知り合いの役者さん
二人が
「役者」と「いい人」
についてblogやつぶやきを
書いてたので
私も考えてみる
(↑便乗)


ひとりは
「役者」は「いい人」
ではダメだと
言っている。

「いい人」は
「俳優」に向かないらしい。

良い俳優は
みんなどこか狂っている
と。


ひとりは
「役者」は「いい人」
でないとダメだ
と言っている。

「役者」は
他人に対する理解と
共感ができるかどうか
が必要だからだと。

あわせて
現実と虚構を
混同しない知性と、
虚構の中で現実を
生きる勇気も必要だよと。



面白くないですか
私は二人の
書いてるものみて
すごく面白かった

年齢の差も
あるのかもしれないけど

二人が今求めている
演技感っていうか
表現っていうか
そういうものが
現れてると思った。

そして私は
現在後者よりの
演技感なんだなぁ。
と実感


相手役のために
脚本のために
どれだけ身を
捧げられるか。

まよいなく
それが出来たとき

地に足の着いた
立体的な
芝居ができる気がする。


ビールが恋しい季節。

になってきましたねぇ

ビール…。
去年の1月から
呑んでないなぁ

今年の夏は
炭酸水と
オールフリーで
乗り気るのだ

お正月には
日本酒飲むんだ

今から楽しみ


結婚式。

を挙げたくて
ちっちゃな
チャペルを
探したりしてます

来年か再来年には
挙げたいなぁ。


って思ってたら
結婚指輪なくした

見つかることを
信じて探すこと
一ヶ月…

見つからないので
旦那様に
正直に話して
落ちてないか
気にして貰うことに

絶対部屋の
どこかに
あるんだよぉ


出てきてよぉ

明日までだ。

ドリームジャンボ
買わなくちゃ

夢を買うんだ
ルンルン


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こちらは役者 下嶋亜由美のブログです。
現在舞台中心に役者として活動中!

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